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【アラベスク】  第12章 マジカル王子様



第1節 無垢なる乙女 [2]




 聞き返すツバサに里奈はコクリと頷く。
「駅舎って?」
「あの… 美鶴(みつる)がよく行く駅舎。美鶴、放課後は古い駅舎にいるんだよね」
 その言葉にツバサは あぁ と納得の声をあげる。
「美鶴、また学校に通ってるんだよね? 自宅謹慎は解けたんだよね?」
「うん」
「じゃあ、また駅舎に行ってるんだよね?」
「たぶんね」
「ツバサ、知ってるでしょ?」
「うん、知ってるよ。知ってるけど……」
 ツバサは語尾を濁し、里奈から視線を外し、慎重に言葉を選ぶ。
「シロちゃん、駅舎に行きたいの?」
 頷く里奈。何をどう言えばいいのか迷うツバサの態度に、里奈は瞳を閉じる。
「あのね、この間、美鶴に会おうと思って、唐渓高校の近くまで行ったの」
「え?」
 驚くツバサの声に里奈は苦笑し
「でもね、思いつきみたいな行動だったから、結局美鶴に会えなくって。それに……」
 そこで里奈は、少し眉を寄せ足元に視線を落した。
「それにね、小竹(こたけ)くんに会っちゃって」
「小竹?」
「あ、金本(かねもと)くん。ごめん、今は金本くんだったね」
 両手を振って里奈は慌てて言い直す。
「金本聡くん。ほら、私と美鶴って、金本くんと同じ学校だったから」
「あ、そうか」
 美鶴と里奈と聡は、同じ小学校に通っていた。その頃、聡の名前は小竹聡だった。
「どこで会ったの?」
「うーん、校門からちょっと離れたところだったかな」
「へぇ、一人だった?」
「ううん。女の子がいっぱいだった」
 ツバサは思わず声をあげて笑った。
「金本くんはモテるからねぇ」
 里奈は、ツバサの言葉に唇を噛み締める。
 あんな男の子のどこがいいんだろう? 怖くって乱暴なだけじゃない。
 ツバサは、そんな里奈の表情には気付かず話を続ける。
「それで? 金本くんとは話とかしたの?」
「うん」
「何話したの? 美鶴の事とか?」
「そう… だね」
「ん? 何? 美鶴に会いにきたって言ってみた? もし言ってたら、金本くんが駅舎の場所とか教えてくれてたかもしれないよ」
 そこで里奈は突然瞳をギュッと閉じる。
「え? 何?」
 里奈の態度にツバサは目を丸くし、両肩を抱いて顔を覗き込む。
「シロちゃん?」
 呼ばれて里奈は目を開けるが、その瞳からは涙が一滴。
「え? どうしたの?」
 自分は何か悪い事でも言ったかと動揺するツバサ。一方里奈は、再び零れそうになる涙を指で拭い、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「金本くんね、私にね、美鶴ともう会うなって言うの」
 それだけ言って、里奈は再び瞳を閉じる。
「えぇ? 何それ?」
「美鶴が捻くれたのはお前のせいだからって。だからお前は美鶴から離れた方がいいって」
 涙声を振り絞るように、里奈はそれだけを早口で告げる。
「金本くんが言ったの?」
 無言で頷く里奈に、ツバサは大きく息を吐いた。
「この間、コンビニの入り口でも会ったの。その時もやっぱり怒鳴られて…」
 同室の少女とコンビニへ買い物に行った時の経緯を涙ながらに伝える里奈。ツバサは聞きながら、小さな瞳の少年に少しだけ同情する。
 正直、金本聡の気持ちもわからないでもない。
 あれだけ想いを寄せているのに、報われないどころかその気持ちすらマトモに認められていない。そのような状況に、聡はかなりイラだっている。
 進展しない美鶴との関係。原因は何なのか。見つけて、排除したいという気持ちはわかる。
 そこでツバサはふと視線を落した。
 なぜツバサに聡の気持ちがわかるのか。それは、自分も同じだから。
 自分も、原因を排除したいと思っている。排除という言葉は大袈裟かもしれないが、少なくとも遠ざけたいとは思っている。
 里奈とコウを、これ以上近づけたくはない。
 突然湧いた胸の内の感情に、ツバサは素早く息を吸った。
 ダメダメっ! シロちゃんは全然悪くないんだからっ!







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